コラム(残業代・固定残業代)

残業代の話題をもうひとつご紹介したいと思います。

7月8日付けの朝日新聞で、医師年俸「残業代は別」という見出しがあり、先日出された最高裁の判決がニュースになっていました。
記事と判決文によりますと、残業代を請求した医師は、40代の男性で、2010年4月から、年俸1700万円という給与で、神奈川県内の市立病院に勤務していました。病院の勤務条件は、週5日勤務で、1日の所定勤務時間は午前8時30分から午後5時30分まで(休憩1時間)、時間外労働に対する割増賃金は、年俸の1700万円に含まれるという合意がありました。

これを読んで、年俸には、時間外労働に対する割増賃金も含まれているという約束があったのなら、残業代の請求はできないのでは?と考える方が多いのではないでしょうか。
実際、2015年4月の第1審横浜地裁では、医師の仕事の特殊性に、1700万円という高額な年俸の額も考慮して、残業代は年俸に含まれていると判断していました。
ところが、今回の最高裁判決は、この判断を覆し、次のように言っています。

  • 使用者が労働者に対して割増賃金を支払ったといえるか否かを判断するためには、年俸のうち、どの部分が通常分の賃金で、どの部分が割増分の賃金なのかが判別できることが必要である。
  • 割増賃金を基本給に含める方法で支払う取り決めの場合でも、そのうちの通常分の賃金から算定した割増賃金の額が、予め取り決めで定めた割増分の賃金の額より多くなったときは、使用者は労働者にさらにその差額を支払う必要がある。
  • 今回は、割増賃金は年俸1700万円に含まれるという合意はあったが、そもそも、そのうち、通常分の賃金がいくらで、割増分の賃金がいくらという取り決めがなく、はっきりしていなかったから、割増賃金が支払われていたことにはならない。

このように、労働基準法は、労働者を強く保護しており、一見難しそうな場合でも、実は、残業代が請求できるケースがままあります。

実は、当事務所でも、同じようなケースで、使用者の側に立ち、割増賃金は基本給に含まれているとさんざん争った末に、最終的に、敗訴的に和解をしたことがあります。
苦い思い出ですが、その後、さらに、この判決のような判断が相次いでおり、今回も、あのときは大変だったけれど、一応、和解をして、多少なりとも依頼者の利益を守ることができてよかったという気持ちで新聞記事を読みました。
本当の意味での事案の深い理解は、実際につらい思いや苦しい思いをして争った経験がないと、なかなか得にくいものだと思います。
横浜みなとみらい法律事務所は、多くの訴訟事案を抱えておりますが、そこで時間をかけて悩んだ経験は、訴訟にならないケースでのアドバイスにも生かせているのではないかと感じます。 

(弁護士 伊藤康典)

この記事を書いた人

弁護士 伊藤康典

横浜みなとみらい法律事務所代表弁護士。
東京大学法学部卒業。平成16年度司法試験合格。都内法律事務所勤務を経て、2014年、横浜みなとみらい法律事務所を設立し、所長(2020年現在、弁護士6名)。

個人事業主、中小企業、上場企業の顧問業務のほか、交通事故、相続(遺言、遺産分割、遺留分減殺)や成年後見、建物明渡し等、個人の方からのご依頼にも注力しています。依頼者に待ったをかけるのではなく、依頼者の背中を押す弁護士でありたいと思っています。